2020年8月7日金曜日

コッペパンでコロッケサンドを作ってみた

コッペパンって名前を初めて聞いたのは
5歳の頃だったと思う。
 
小学校へ行ったら給食があって
ご飯は出ないけど代わりにコッペパンってパンが出る、
と親に聞かされたからだ。
 
ウチの食事で主食として美味しくいただけたのは、パンのみ。
  ご飯は標準米をお粥に近い状態まで蒸かしちゃうものだから
美味しいと思えた事が無くて、だからパンが食べられるだけで嬉しかったのだ。
(要する、親が作ってない物は美味いのだ)
 
食パンしか食べた事が無かったから
コッペパンという響きにまず憧れて
つぎにコッペって何だろう?って思ったっけ。
 
勿論、フランスパンだってまだ無かった時代だから
大人もその意味に明確に答えられなくて、
まぁ、食べてみればわかるわ・・とうやむやに。
 
そして給食で初めて食べたコッペパンは
あれ?って思うほど美味しくなかったのだ。
 
美味しくないパンに、美味しくないマーガリン、
そして味付けが微妙なオカズに脱脂粉乳。
 
それでも毎日食べられる事に感謝はしたけど、
給食で美味しい〜と言える日はそう多く無かったのは事実だ。
  で、後で知ったのが、当時のコッペパンは不味いと思った脱脂粉乳と
米軍放出の安い小麦粉で作られていたって事。
 
そりゃ、パン屋のパンと比べるなって話で、
食べられれば良いでしょ?って言われているような気分になったっけ。
 
それでも月に一回くらい、ミットの様な形のちょっと柔らかいパンが
イチゴジャムと一緒に出る日があって、そっちのパンはまだマシだった。
 
とは言え、高度成長期だったから
脱脂粉乳は3年生くらいで終わって牛乳に替わり、
その牛乳もビンからテトラパックに変わるなど給食の進化が進む時代ではあった。
    
コッペパンを調べてみると大正時代に考案された日本独自の物とわかり、
現在の物はとても美味しい物になっているのだとか。
 
えぇ
パン屋でそう言われて、
だったら買ってみるかって事になったんすよ。
 
 
 
 
コロッケサンド(ドッグ?)にしてみました〜
 
これはもう、まるで別物。
柔らかいわ美味しいわで一口食べて言葉を無くすほどの衝撃。
 
食べ残しちゃった給食のパンを
それでも勿体ないからと家でおやつ代わりに食べた記憶は
このパンを食べても絶対蘇らないね。
 
当時の脱脂粉乳や小麦粉はララ物資と呼ばれた物を使っていたようで、
アメリカのボランタリーグループや日系人ボランティアが
日本に対しての救済運動を起こして実現した物資でもあった。
 
そのララ物資が初めて日本に到着したのは横浜で、
新港パークには記念碑もあるんだけど、
そんな時代をギリギリ経験してきた世代としては、
やっぱりこの美味すぎるコッペパンはコッペパンと言いたくない、
って思ったりもする。
 
いやいや
贅沢言っちゃいけないよね。
 
あの固いコッペパンで育って、
今現在、毎日美味しく食べられている事に感謝です。
 
ごちそうさまでした。

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