2018年1月10日水曜日

担々麺

なんか寒いですな。
 
底冷えがするというか
足が凄く冷えるというか・・・
 
こういう日は、
身体の中から温めないとね・・・
 
と言う事で
思いついたのは担々麺。

花椒と辣油、醤油や酢などで作ったタレを器に入れてから
茹でた麺を乗せ、具を乗せるつけ麺的な料理が本来の物。
 
今でこそそんな汁の無い本場の物も食べられるようになったけど、
随分長い間、陳建民考案の芝麻醤を使ったゴマ風味の物が流通していた。
(今も、そうだけど)
 
でも、上海でも香港でも汁麺な担々麺が存在してて、
香港で食べた担々麺は、日本風の担々麺っぽい料理だったので
天津甘栗的に日本から伝わったんじゃないか?って思ったりもした。
 
 
  
 
この担々麺は、珍しく黒ごまを使っていた。
 
見た目的なインパクトに驚いたけど、
黒ごまの方が脂は少ないので担々麺に関しては好みの方向か。
 
しかし、料理の見た目としてはどうなんだろう?
って思うのは自分だけだろうか(^^;)
 
辛さの中に、擂りゴマの風味が乗っかると
せっかくの辛味をゴマが変えてしまうように感じるので、
自分的には、ゴマは擂らずにそのまま食べたいのだ。

プチプチとした食感も好きだし、
料理の味を楽しんだ後に追っかけてくるゴマ風味・・・
の方が楽しいって、自分では思っている。
 
普通の担々麺は白ごま、それも擂ってあったりするから、
そういう意味でも、このパターンは嬉しかった。
 
 
最近思うんだけど、
この料理はこうあるべきって考えがちなのは、
日本料理が決まり事の上に成り立っている事が遠因ではないか・・と。

文化的なものって、まず歴史の上に成り立つ型があって、
それを知った上でないと、改良や演出は破壊と見られてしまう。

日本人は、長い歴史の中で培われた文化を、
子供の頃から見聞きし教えられ、自らも学んで育むので、
型が持つ意味を考えがちなのかも。

ただ、日本の文化って、本来の形を知り、理解し、
大事にした上での改良をするって流れもあるから・・・
新しい流れにも寛容なんだけどね。
 
たかが食事。
でも、生きていくためには必要なこと。

ならば、楽しく過ごせる時間であって欲しい・・・
と思いながら、コンビニでラ王の担々麺のパックを手にとっていた。
 
遅番終わりの飯は、毎度悩ましいのです(^_^;

ごちそうさまでした。

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