「無いっすよ」
「なら良いけど・・」
結構な距離を走ってきた友人と入ったケーブルカー。
Wi−Fiに繋ぐために電波が一番強い入口付近の席に座って、
お決まりのギネスパイントを舐めていた。
「ここのステーキは、このコストとしては最高の味なんだよ」
「いつもここで?」
「コロナの時は、他に行ける場所が無くて来るの増えちゃった」
「自分、最近自炊癖がついちゃって・・・」
そうそう、
コロナ禍があんなに長い間続くなんて想像できなかったから、
最初のうちは冷食を試したりチルド系食品をコンビニで漁ったりしたけど、
自宅でなんとか食べるってのが当たり前になっていた。
多くの店が休業に追い込まれ、
ルールを守らずに生き抜こうとする店もあって、
それでも22時以降に食事ができる店はほぼ無くて、
仕方無しに牛丼屋でテイクアウトする事も増えたっけ。
「ケーブルカー」は「ウィンドジャマー」のアメリカ人オーナーが作った店で
サンフランシスコのイメージで店内を設えて、横浜じゃ一番長いんじゃないか?
って噂されるようなカウンターが有名な店でもあった。
オープン当初は職場が近かった事もあって通ったけど、
カウンターに座りきれない程の客が押し寄せていて、
カウンターの後ろにはスタンディングで飲んでいる客も多かった。
「ギネス、好きですよね?」
「若い頃は、黒ビール系は全部ダメで、
何故こんな飲み物が売れるんだろうって悩んでた」
「イギリス、行かれたじゃないですか。
80年代でしたよね?
現地ではギネスの類が主流でしょ?」
「当時のイギリスはユーロトンネルが繋がってなかったから、
とにかく食べ物が不味かった。
フィッシュ&チップスなんて30センチを超える魚フライが皿からはみ出てたりして
味付けはテーブルにあるビネガーでって感じ。
しかも、フライの衣が半分剥がれてたり油でべちょべちょだったりして人間の食い物か? って思ったね」
「ビールは?」
「ビールは飲料水代わりなので税金が安い事もあって手軽に頼めたけど、
パブで出てくるビールは、ほぼエール系。
ギネスなんて比べものにならないくらいドッシリとした味のヤツが多くて
すっきりとしたラガーは無いのか?って叫びたくなったね」
「それなのに何故?」
「正直言うと、ずっと黒ビールは好きになれなかった。
でも、慣れって恐い。
前に反町の『ロブロイ』へ連れてった事あったじゃん?
あの店って、当時の横浜じゃ珍しくバスの生を置いてたんだよ」
「そうなんですね。
ビールと言うよりウィスキー系の店だと思いましたけど」
「仕事が終わって夜中の2時とかに行くじゃん?
そうするとマスターが今日はいけてない・・・な顔していたりして、
で『とりあえずバス生ちょうだい』とかオーダーしてってやってたら
最初の一杯がペールエールってクセがついちゃってさ、
ケーブルカーにはギネス生があったから飲んでみたら好きになっちゃったのさ」
「で、今、飲まれているのは?」
「ブラック&タン。
バス生とギネス生のハーフ&ハーフですな」
今でこそ、ギネスやバスの生ビールが飲めるのは当たり前になってきたけど、
平成に入った頃の巷では、外国ブランドのビールを生で飲める店はそうそう無かった。
だからロブロイのバス生は貴重品でもあって一部の人間にはヒットしたんだけど、
そもそもギネスもバスもラガーに慣れた日本人には受けが悪かった。
「あまり出ないんで、ひたすら自分で飲んでました」とマスターは笑ってたけど、
生は賞味期限が短いので、捨てるくらいなら飲むってとこだったらしい。
当時のロブロイはサーバーを特注して、各ビール会社の生を繋げられるようにしていて、
ある意味革新的な店でもあったのだけど、美味いビールを楽しむ土壌は
まだまだの出来上がっていない時代だったのだろう。
300グラムのステーキを、バーのカウンターで食べるってどうなの?
って思いつつも、今晩の気分は肉だったから欲望に従った。
チャコールグリルでステーキを焼くスタイルはアメリカの流儀なのかも知れないけど、
鉄板焼きに比べて脂が落ちるので好みではある。
あ〜〜
美味いわ〜〜〜
肉の塊を喰らいたい気分を満たしてくれる料理だわ〜〜〜
横浜へ訪れる友人を連れて行く店の一つでもある「ケーブルカー」は、
料理も美味いので、今でもよく訪れている。
3人しか座れない入口に近いコーナーカウンターは、
バーテンダーからも遠い事もあって、放っておいてくれるのにもピッタリ。
友人と話をするのにも、横に座る人を気にしないでいられるので、
行ったらソコに座ると決めているし、入口から見て席が埋まってたら
店に入るのをやめてしまうクセもついた。
コロナ禍が過ぎて、営業時間が以前のように戻っていたら、
終電が終わった時刻を過ぎての飲みを楽しめるかも知れない。
中華街で会食があった後に、二次会で訪れる人が一通り退けるのが23時頃で、
終電が終わる時刻にさらに店は空くわけで、そこある落ち着いた空気が好きだった。
でも今はもう、朝まで飲むって人も減っちゃったから、
客がいなくなったら閉めちゃうんだろうね。
1人で食べる晩飯も思い出の中に残っている友人との会話で、
思いのほか暖かい気持ちで楽しめた。
それにしても、お気に入りな店がどんどん消えていく傾向が強まっていて、
ケーブルカーがそうならない事を祈るばかり。
ごちそうさまでした。
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