2015年6月28日日曜日

表現方法

フラッと歩いた時、突然目に飛び込んでくる風景。
それに惹かれたら、すぐにシャッターを切る。
 
そんな簡単な事が、今でも難しいと思っている。
 
理想的な体制は、いつもカメラを握って歩く事。
  
でも今の私には、
それが難しい。
 
あまり格好良くは無いけど、
首からカメラを提げておけば持っている体制に近くなるので
なるべくそうするのだけど。
 
 

  
これは、そんな状態で歩いていて、
無意識に撮影したもの。
 
杖は投げだし、荷物も肩に提げたままだったけど、 
それでもこんな風に撮れるから素敵だね。
 
iPadで撮って、Instagram経由でエフェクトかけてアップするのも面白いけど、
ちゃんとカメラで撮って、それなりに現像した方が空気感が出るように思う。
 
例えばこの写真もそう。
Instagram用にiPadで撮った後に、カメラを出して撮影して、
DXOでモノクロのフィルムトーンをかけてみた。
 
 

 
 
スピードを取るか、仕上がりを取るか。
それはその時の気分が支配する事。
 
クオリティは問題でなく、今、この空気感を発信したい、という気持ちと、
この空気感を自分なりに表現したい、という方法の違い。
その違いの優先順位が、気分によって左右されるだけの事、らしい。
 
そしてその日
そこに偶然に存在した空気は、
計算できないが故に、面白いものになる。
 
 

 
 
ただ最近は、風景より人を撮りたいと、思っている。
 
それもただ撮るのではなく、
その人の持つ空気を醸せるように。
 
という事で、
7月はちょっとそんな撮影も手がけたい、
と思っているけど、チャンスはあるのだろうか(^_^;

2015年5月10日日曜日

TYCOON


 
バブル時代というのは、確かにあった。
 
でもそれは、対岸の花火大会のようなもので、
仕事は潤沢にあったけど、それをこなすだけで終わる日々。
 
そして給料が凄く上がるワケじゃ無く、
ただただ疲れていた事だけを覚えている。
 
政治家は箱物を作りたがり、
バンバン債券を発行して借金を将来に肩代わりさせ
それこそジャブジャブと金を使いまくった時代。
 
大阪万博の夢を再び・・と地方博が至る所で開催され、
89年には横浜で横浜博が開催される頃に、
その店も「大物」という意味を持った名前を堂々とつけて
オープンする。
 
そしてその年は、
突然社命を受けて生番組の現場に放り込まれた年でもあり、
自前のワープロを持ち込んで原稿を書いたら(字が汚いからね)
「こんなもんじゃ、仕事にならん」と怒られた時代でもあった。
 
 
「スタンバイが12時前に終わったら、どっか飲みに行こうよ」
 
「終わればね。」
 
 
この場合に12時とは深夜0時の事を指す。
 
パソコンも携帯電話も無い時代、
昼間は情報収集とアポ取りの電話連絡で過ごすか、
取材を2〜3本まとめてこなすのが通常勤務。
 
そして夜は編集して原稿書いて、本番前のスタンバイ(準備)をやって、
仕事が一段落するのは大概深夜2〜4時となる毎日。
 
それでも朝は普通に出社しなくちゃいけなかったから、
30分でも睡眠時間を伸ばそうと家に帰らない(帰れない)体制が出来上がり、
深夜0時あたりで仕事が終了すれば1時間位は飲む余裕があったわけだ。
(逆に飲まないと寝付けないって事もあった)
 
 
「どこ行きます?
 肉喰いにジャックス行くとか、ゴージ行って軽く飲むとか?」
 
「ケーブルカーも良いなぁ。腹減ってるなら北京飯店で炒飯もいいけど」
 
「どうせだったら、タイクーンかバードに行きません?
 車あるんですよね?」
 
「あるけど・・・、だったらアロハカフェとかリキシャルームへ行く?」 
 
「VFWとかイタリアンガーデンとか?」
 
「そこまでわざわざ行って、食って即帰るのは・・やだな(^_^;」
 
「じゃ、県庁そばの吉野家行きます?」
 
「あのねぇ〜」
 
「491にしましょうよ、座れなかったら北京飯店とかゴージに流れるとして、
 どうせスターホテルで寝るんですよね?」
 
「そうだけど味気ないよねぇ・・・
 タイクーン行ってみる?」
 
「エスニックって大丈夫ですか?」
 
「パクチーがなぁ・・・」
 
 
こんな会話をアシスタントとしてはいたけど、
実際、ちゃんと終わるまで気は抜けない。
 
ただ、タイクーンはカリカチュアという名の建物に、
エスニック料理をメインとした無国籍料理店としてオープンし、
横浜バードというナイトクラブと一緒に営業を始めていた。
 
カリカチュアの隣の倉庫を改造したクラブは、ベイサイドクラブ。
 
そこでは、外タレの歓迎パーティーを局の仕事の一環で開催した事もあったし、
カリカチュアの一部で深夜からの生番組を放送したりしていたので、
自分達にとっても馴染みが深い店ではあった。
 

 
「レストラン・タイクーン」は
5月10日をもちまして、閉店させて頂く運びとなりました・・・
 
ネットにその情報が流れて、驚いた。
 
ベイサイドクラブは、バイクのクラブにとっても馴染みがある場所だったし、
タイクーンとは色々と因縁があった店でもあったが、昨年ちょっとしたパーティーで
クラブメンバーが集って飯を食った事もあった。
 
場所柄、ボートで来て専用桟橋から入店する客も結構いて、
いかにも横浜らしい店として、頑張って営業しているんだな・・
と感心した事も思い出す。
 
そんな店が突然閉店すると聞けば、 
1度だけでも顔を出してみようと思うのは当然のこと。
 
そしてバブル時代の色が残るタイクーンでビールでも飲みながら、
あの熱に冒されたような時代を思い出してみるのも面白いだろうと思った。
 

 
しかし驚くよね。
このとてつもなく派手な入口。
 
そして中も天井が高い、バブル時代の設計が・・・
 

 
 
「毎回、今までやった事が無い『何か新しい事』を仕掛けたいんだ。」
 
「面白いとは思いますけど、大変ですよね。」
 
「大変だよね。
 でも、誰でもできるような事やってたら、自分が頑張っている意味ないじゃん?」
 
「さし当たって、何をしますか?」
 
「どこかで放送に耐えるレベルの小型カメラを調達してくるから、
 スタジオで遊ぶ事を考えたいんだ。」
 
「そんな機材、どこから?」
 
 
買っちゃったんだよ、プロ用のCCDカメラ。
池上のENGカメラ(HL95)と一緒にリースアップ品としてね(爆)
 
 
「技術がウンって言わないと思います。」
 
「大丈夫。説得する。俺元々カメラマンだし、一通り技術的な事はわかってる。
 ちゃんと放送にも使ってたリモコンユニット付きのモノだよ。」
 
「で、どう使います?」

「手元を写すとかは当たり前にやるとして、
 こんなところで放送してるってライブ感を強調したいんだよね」
 
 
若き日の自分は、自らが仕切っていく放送番組の拡張性に
色々な夢を持って頑張っていた。
 
自分が全ての責任を持って取材をするけど、問題が起きたら会社全体の責任になる
というプレッシャーは凄く感じていたが、いい加減な思い込みで情報を扱う事はしなかったし、
わからない事は裏を取れるだけとってから管理者に許諾を取った。
 
ただ、そういう中でも、自分の目線で切り取った情報を、自分の感覚でメディアに乗せる
その魅力(魔力?)と怖さに、どこか快感を得ていたのだと思う。
 
起きている時間、例えばスタッフと食事をする時も、
個人的な仲間と何処かへ出かける時も、
そこで感じた感覚と得た情報は、常に、放送に使えないか?・・という目線で見て、
使える要素を感じたら、取材を始めるような生活だった。
 
そして・・・
 
どこかで、人間らしい感覚を喪失した。
 

 
週1日2時間の生放送を作り、それ以外に2日は10分コーナーを合計で3〜4本担当し、
徹夜してしまった朝は5時から朝の生放送の手伝いにも出かけ、
「撮って出し」と言われる、その日取材したモノを編集しその日のウチに放送する
ようなコーナーも多く請け負った。
(担当した番組は昼の2時間だったから、午前中に取材し放送中に編集して間に合わせる)
 
それでも完徹は週2日で済んでいたけど、残業時間は月160時間を下る事は無かった。
(仕事中に仮眠しちゃった分は減算したけどね)
 
そんな狂乱な時代にこの店に来ても、
何の感動も感じなかったのは、驚く余裕が心に無かったからだと思う。
 
そこで繰り広げられていた男女の駆け引きなんて
「素人の漫才」を見ているようなモノで、面白くも何ともない・・という感想しかなくて、
今から思えば、なんて勿体ない時間の使い方をしたんだろう、と思ったりする。
 
 
東京で適当に遊んだ後、
タクシーをぶっ飛ばしてベイサイドクラブで踊り、
火照った身体をテラス席で冷やしながらビールとエスニック料理を楽しむ。
 
終電なんてとっくに終わってるけど、ここは横浜。
 
口説くつもりで誘った男なら、ニューグランドかザ・ヨコあたりを押さえているだろうし、
朝まで飲み倒せる店だってそこそこあるから、気に食わなければハマの男を引っかけりゃ良い・・・
なんて話をする女子2名が、
ここまで連れてきただろう野郎2名をテーブルから追い出す風景は、
まさにあの当時のバブリーな空気、そのものだった。
 

 
今、こうやってテラスでビールを飲んでみると、
その残滓が景色に感じられるくらいで、
なんともお寒い空気しか流れていない事に気づく。
 
携帯なんて持たなかった時代は、
不便故にエキサイティングだったのかもしれない。
 
ポケベルが鳴ったって、公衆電話が無ければ連絡はつかないし、
伝言ダイヤルにメッセージを残しても、実際どこで何をしているかを証明できない。
 
だから男達は、自分で何処にでも行けるように車を持ったし、
車で女を遠くへ連れて行くのは常套手段だったのだろう。
 
 
聞けばタイクーンが入っているカリカチュアビルの
老朽化が酷くて、営業が難しくなったという事だった。
 
勿論、それ以外の理由も大きい事を
今更追求する意味も無いけど、
横浜らしい場所を一つ失う寂しさは、かなり大きい。
 
この次、こういう施設ができるとすれば、
カジノを導入するような再開発がなされる時だろう。
 
その時横浜は、どんな顔をしているのだろうか。
横浜らしい顔というのは、どう変化しているのだろうか。
 
そしてその顔を、私はどんな顔をして見るのだろう、ね。

2014年8月29日金曜日

集団的他衛権?



集団的自衛権について、どこまでの理解がされているのだろうか?
そんな思いを持ったのは7月の頃だった。
 
そもそもこういう事だよね?
って事を論ぜずに表面的な一部分を取り上げて
何が何でもダメという論調のマスコミ報道は
SNSを介してモンスターな情報に変化していく。 
 
今話題の「朝日新聞・慰安婦報道問題」も同様で、
戦時に起きた女性に対する人権蹂躙な行動そのものに目を向けず
表面的な一部分についての事で大騒ぎをしているようにしか見えない。 
 
そしてSNSでの情報はもっとエキセントリックに変化する。
 
だから、
問題はそこですか?
って思ってしまう。
 
裏も取らずに条件反射で情報発信する個人をどうこう言う気は無いけど、
集団的自衛権の解釈についての閣議決定が出された後、
徴兵制が始まるとのデマが流れた事は記憶に新しく、
モンスター化した情報に、悪意を絡めた操作が見え隠れしてくるのは
実に気持ち悪かった。
 
何だろうね、この違和感。
 
 
論点が違う
 
最近の報道は
稚拙を通り越して罪深い行為に見えてくる
 
そういう、なんともモヤモヤした気持ち悪さ・・かな。
 


集団的自衛権とは
国連憲章に謳われた独立国家が持つ権利として
第二次世界大戦後に確立した考え方による権利、と言っていい。
 
それまでの時代は、独立国家の権利として個別的自衛権は認められていたのだが
その結果は歴史が証明する通り、軍拡の道に繋がってしまった。
 
そりゃそうさ。
自分の国は自分の力だけで守る、というのが個別的自衛権だから、
全世界のどの国が攻めてきても守れるだけの軍備が必要になってしまう。
 
その上、軍拡を進める近隣他国の姿が見えれば
疑心暗鬼に陥り、やられる前に潰してしまえ・・という発想も
軍部の中に生まれてきやすくなるワケだ。
 
そんな時代に起きた第二次世界大戦のような事態に二度と陥らないよう、
国際連盟が招いた大国の脱退も起きないよう色々の方法論が採られ、
なかでも「集団的自衛権」は
独立国家の権利である旨を国連憲章第51条に規定して
国際法上承認される事が、確認された。
 
これは、国際連合に所属する国家が紛争に巻き込まれた場合、
国際連合に所属する他の国(紛争当事国は除く)が協力して紛争を集結させる
という意味合いもあるのだが、
同時に軍事同盟等による集団的自衛権の行使も
国際連合はその権利を害さないという規定としても、盛り込まれている。
 
 
って話になると、わかりにくくなってしまうよね。
 
要するに、国際連合は集団的自衛権の上に成り立つ組織であり、
所属する国には、当然に集団的自衛権の行使が求められるという事だ
って言えば、乱暴だけどわかりやすいだろうか。
 

 
大事なのは「自衛権」という権利の事。
 
間違っても「集団的他衛権」では無いって事。
 
どの国も自国を防衛するために持つ権利として
行使するって事。
 
そしてこの集団的自衛権が日本にもある事は
大戦後の日本が独立する際確認されているし、
この権利があるからこそ他国の軍隊(米軍)が駐留し、
日本の国防に関われるのだ。
(集団的自衛権無く他国の軍隊が駐留し国を守っている状態は、占領下と言える状態)
 
つまり日本は、既に集団的自衛権を行使している、
と言っても言い過ぎではない。
(1951年の旧安保、1960年の新安保でも集団的自衛権を
 制限的に保有・行使できるとしている)
 
そして集団的自衛権を行使しているからこそ、
個別的自衛権の行使手段として持つ自衛隊の規模が
必要最低限であっても事足りているのは、紛れもない事実だと思う。
 
 
一対一の戦争はそれぞれの国の軍事力に影響されるが、
一対集団の戦争が起きにくくなる事は、子供でもわかる道理だ。
 
そしてNATOやワルシャワ条約機構ができて集団的自衛権の行使のもと
冷戦が終結に向かった事実は、集団的自衛権の行使が抑止力になっている事を
証明している。
 
だからここで今の
「集団的自衛権の行使=他国との戦争」
という論調に、異を唱えたい。
 
自分の国を守るために集団でその侵略者に対抗するのが、
集団的自衛権の行使。(その方法は武力だけに限らない)
 
他国へ戦争に出かけるのは集団安全保障であり、
(国連決議に基づいた連合軍へ協力し派兵する事)
集団的自衛権と混同するのが間違いなのだ。
 
そして憲法解釈の変更を閣議決定した、というのも、
実は1972年(田中角栄政権)の時点で出ている解釈(政府答弁)に基づいて
アップデートしただけ。
だからこそ、閣議決定のレベルで進めたって事でしかないのだ。
 

  
なにか、感じませんか?
 
どこかのマスコミが、
集団的自衛権とはそもそもこういう物ですよ・・と
定義し解説した上での報道を行っていた記憶が、ありますか?
 
 
現在のマスコミの欠点は、ここにあると思う。
 
報道する物をちゃんと調べず(調べたかも知れないけど)
センセーショナルな表現を、浅はかにも連呼するばかり。
 
問題点をわかりやすく解説した上で、
事実を報道し状況を解説するというスタンスは
残念ながら殆ど無いと感じている。
 
それじゃ、
不快感ばかりが募るよね。
  
そして、嘘を嘘で塗り固めるような体質を持つ報道などは
見るに値しないものとして、区別するようになる・・と。
 
 
なんだか、怖い時代になってきたものだよね。

107トゥナティウタコスでカルニタス・タコスとか

Instagramに何度も現れたタコス屋「107トゥナティウタコス」。   医者の帰りに店舗工事をしているのを見かけてて気になってたけど、 映えを意識した店内や料理は、確かに興味津々にさせる魅力があった。         行くならウィークデイかな・・と思って行ってみたら、...